変身活動家 江上喜郎

変身活動家・江上喜朗が不定期に更新しているブログ。事業承継に関する考察や経営ノウハウ、実際の事例などについてまとめています。書籍では書けなかった部分まで明かしていますので、ご興味のある方はぜひご覧ください。

第3回2017年9月13日

社長は悪のラスボスであれ

社員にいい人と言われたい。

社員から認められたい。

社員から愛されたい。

社長も一人の人間です。こういう思いを抱いている人がほとんどなのではないでしょうか。 利益創出のマシーンのような社長であれば別ですが、そんな人はほとんどいないでしょう。

ー生産性の高い社員を評価して、低い社員は評価しない。

ー機能していない上司は冷徹に降格させる。

ー利益を出していない部署はどこかで見切る。

ー社員の給与配分をあげ過ぎず未来のことに投資する。

こういった判断は会社に必要です。

例えば、ある社員に生産性以上に社員の給与を上げると、どこかの社員がその人の給与を誰かが負担しなければいけません。機能していない上司がいると、部下は仕事の生産性が下がります。

この辺は当たり前のことですが。

一人の社員にとっては、そんなこと関係ありません。

・・・私にお土産をくれるあの優しい人が評価されない。

・・・いつも私を褒めてくれたあの上司が降格された。

-なんであんな頑張ってる人の給与を下げないといけないんですか。

-あの人も生活があるのに。 -子供もいるのに。 -あのかわいい◯◯ちゃんの養育費はどうするんですか。

何かマイナスな変化を与えると、社員には確実に疑念を抱かれます。

疑念は批判へと変わり、ときには怨嗟へと変わります。

直接、心ない言葉を吐かれたり、コソコソ話をされたり、会議で誰も社長の話を聞かなかったり・・・ 色々な形で社長にダメージが及びます。

そして、社長は精神的に疲弊します。

「自分は人として間違っているのか?」などと、自己嫌悪に陥ってしまうでしょう。

でも・・・

実は、そうなんです。 その判断は、経営判断としてはあっていても、人として間違っているんです。主に「苦しい人に手を差し伸べる」や「頑張っている人を評価する」などという道徳的観点で。必要な判断なのに、人として間違っている判断。

・・・なんでそうなっちゃうのでしょうか。

ぼくらが生きている評価経済社会のルールは「弱肉強食」です。 強い会社や個人だけが残り、弱いものは淘汰されていきます。 道徳的であってほしいと皆が願うのですが、道徳的にできていません。

そしてその社会は、悪のラスボスがいるわけでなく、他ならぬあなたが(=一人一人が)作っています。だってみんな、同じお金を使うなら、いいものを買うじゃないですか。

「汚くて愛想が悪くて居心地悪いけど経営の苦しい旅館に行こう」とは思わないじゃないですか。社会が道徳的でない要因は、ほかならぬ自分自身、一人一人の消費行動が原因です。

だからそのルールが変わることは事実上、不可能に近いでしょう。

株式会社は、その変わらないの評価経済ゲームのただの一プレイヤーです。 社長はそのゲームのルールを変えることはできません。クリスティアーノ・ロナウドやメッシがいくらゴールを決めても、サッカー自体のルールは変えれないように。そしてその流れに沿い、「人として間違っている」判断をし続けなければゲームからは退場しなければなりません。

人として間違っている判断をしている自覚を持ち、それを公言し、嘘をつかないことが、本当に人として間違っていない社長なのだと思います。

社長はしょせん、あるルールの中で動くただの一プレイヤーなんです。 取引先や社員にとっての救世主では、ない。むしろ悪のラスボス。まずは、それを自覚することが必要です。

その自覚こそが社長自身の心を救い、冷静な判断を生みます。 そして結果的に生産性は上がり、社員は(全員ではないが)長期的にみると幸せになるでしょう。

「社員は家族、全員守ります」と公言する社長の多くは、会社を潰す社長か、嘘つき社長のどちらかです。(たぶん)

そして嘘は、どこかで必ずばれます。